◆私の履歴◆
イ.22歳〜26歳
受験戦争に敗れ、逃避の気分と見えない何かを求めて渡米。
渡米後、英会話を学習する傍ら、アメリカ人社会を知りたい願望に駆られてアメリカ人家庭にホームステイ。
ある程度の英語力が身に付いた頃、エル・カミノ短大へ入学し社会福祉コースを専攻。2年半で卒業。学費は、長期の夏休み等を利用してハンバーガースタンド等でアルバイトをして、又、通学期間も週末にナーシングホーム等でアルバイトをして、調達する。
福祉サービス事業所において、主に日系人に対してケースワーカーとして稼動。その後帰国。
ロ. 26歳〜37歳(関わった少年少女たちについては著作にて発表予定)
帰国後、東京で生活することにしたため、就職をするために100通の履歴書を書いて、商社、学習塾、その他求人に対して手当たり次第送りつける。偶然東京都内にあった青少年の自立支援のための事業を行っていた事業所(児童養護施設)から声が掛かり、就職する。
以来一貫して触法少年少女、ぐ犯少年少女に対して自立支援を行う職務を行う。対応した少年少女たちは、親の不在や親の養育拒否が理由で施設での生活を余儀なくされた者たちであった。
抱える問題性の根が深かった彼らに対して、寝食を共にして対応に当たる。職業教育を通しての自立訓練及び生活指導、就職活動、施設を出た後の半永久的なアフタケア、等を主な職務とした。
ハ. 37歳〜41歳(対応した少年少女については著作にて発表予定)
日本最北に位置する北海道の児童養護施設のグループホームの職員として活動。幼稚園児から高校生まで、又社会人の年齢の精神疾患を持つ青年等に対して、対応する職務に就く。
ニ. 41歳〜46歳
新設の特別養護老人ホームにて主任生活指導員として開設当初より勤務。主に家族調整、現場職員に対する業務指導、高齢者に対する生活プログラムの計画・立案、施設運営の職務に携わる。
折りしも介護保険制度導入の時期に当たったことから、措置施設からの移行期にも職務を遂行する。
自宅での介護を要した実母の死亡を期に、特別養護老人ホームを退職し、かねてから強く考えていた少年少女に関わるための受け入れ方法を模索し始める。
ホ. 46歳〜48歳(現在)
NPO法人に所属し、高齢者福祉施設に対する第三者評価活動を行う。
少年少女たちの受け入れ準備を開始。
老人ホームでの稼動経験をベースにした、「あなたは安心して親をあずけられますか?」を出版予定。
15年間関わった少年少女たちに思いを馳せて、「私と少年少女たち」(仮題)を発表予定。
|